対話会の体験。と、自己流の考察(1)

雪の森

(株)Dialogue with を立ち上げてから、対話会を2回やりました。 

「対話会って、何やるの?」と、いうことについてあんまり厳密にわからなくても「なんだか行ってみたい」と言ってみんな参加してくれている様子なので、そんなに説明することはないのだけど。

そして、あえて説明するのも違うような気がしているけれど。

2年前にもやってた対話会の時の体験も踏まえて、起きていることについてちょっと振り返ってみたので書いてみます。

なんか、素人がネタのボケを解説するみたいで、とても野暮な感覚を覚えるのですが、、、あくまで私の仮説です。

足跡

 

私の内側で起きていることを書くと・・・

この対話の時間は、いつも自分に課している「役割」や、「期待に応えようとする自分」や、「社会的にちゃんとしていること」などから解放されて、緩んで、スーッと、自分の奥の方に潜りに行くような感じになる時間。 その時、力が抜けて、いろんな境界線がなくなる感じ。

あ、堅い殻に私は入っていたんだな、とぼんやりと気づく。

自分の内側に潜って行くと、いろんな感情が湧いてきたり、関係ない何かが思い出されたり、する。

そのふと訪れる感情によって、自分の今いる状態を知り、受け入れることができて、滞っていた何かの流れをよくすることになったり。

あるいは、ふと何かが思い出されたりする時、自分が今悩んでいることや、なんとかしたいと思っていることに対する、打ち手だったり、大事な気づきだったり、とらわれてた枠組みに気づくことだったりする。

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そして、それらの現象は、とても居心地のいい感覚の中で自(おの)ずと立ち現れてくる、そんな感じ。 強引に絞り出すでも、考え抜いて導き出す、でもなく、ふと自然に浮かんでくる。

そして、地に足がついた感覚で、優しく繋がれる。

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これが、対話会の中で、よく起きるなと思うこと。

こういう感じは、どうやら、私が感じているだけではないらしい。

とても深く共感できるようなことをその場にいる人たちから耳にする。

ではなぜ、こういうことが対話会では起きるのか?
そのことについて、次回私なりの考察を書いてみます。

続きは、こちら→  対話会の体験。と、自己流の考察(2)